ちょこラム!アーカイブス
■2005−2006にブログに書いた4人の「ぽんぽんコラム」をストックしました

もりかおさんの場合
morikao

・PONPON事務局を担当しており、このHPを制作管理しているのですが、
やる気があんのかないんかわからないタイプです。活動内容は情報発信サポート、祭りなど…
「編集・デザイン・ライター」が本職なのでした。

2006/2/25

「お木曳。全国から10万人。」

この春からのお木曳行事で、「一日神領民」という一般参加枠があり、そこに参加する人が全国から2年で8万人くらいくるんだそうな。

2年で、といっても開催するのは約1ヶ月間の金土日だから、12日で4万人を伊勢にお迎えする。
「お木曳への参加(体験)」をするためにわざわざくるのだから、来て、やってみて「だまされた〜」といわれるようなものだと、伊勢の面目丸つぶれ、である。喜んでもらって、家に帰って伊勢は良かった、といってもらえることは大事なことである。
しかし、毎開催日に3台ずつ、それようの車を出さなくてはいけない。そのためには、車を動かす人、お世話するヒト、木遣りやウケをする人、サポートする人などが必要である。ボランティアとしては結構な作業量だ。いつもの祭りやってる裏方だけでは、とても人員が足りない。
そんなこと、あんまり一般市民は知らないような気がする。もっとたくさんのヒトに参加してもらうことが、まちにとっても次につながるんじゃないの?

…ということで、ボランティアを募るということを、若い衆プロジェクトで、提案中である。

●プロジェクトからの提案 
@祭りの経験のある木遣り隊に参加可能な「若い層」の個人や、グループでの参加を呼びかけるしくみを作ってはどうか。
A祭りに出ないバックヤード・ボランティアの受け入れをしてはどうか。

祭りのちょこボラ、楽しくできる仕組みづくり…あと2ヶ月ですがどうなることやら!又、報告します。


2005/12/13
「プロジェクトを仕掛けることが「ボランティア」の醍醐味」

お木曳きというのは、伊勢神宮のご遷宮のために
伊勢の人が行う民俗行事である。
 来年、再来年と行われるのだが、
開催が目前に近づいているにもかかわらず、
情報発信があまりにも少ないことが気になり、
「ないのならできることを提案するのが、私の役割だろう」
と思ったのが最初の動機である。

 当初は、私1人でもできることとして、
お木曳きのための道中マップ程度を想定していたが、
自分なりに企画を詰めている最中に例年の祭りがあり、
それに参加する若手メンバーと交流する機会を得た。
 祭りの中で協力し合いながら作業を進め、
彼らにちょっと手応えを感じた。
 私は、祭りや市民活動の裏方や下働きは、
その本質や意義を理解できていないと長く続けることはできない、
と考えている。
 一世代前は、何も言わなくてもそれが伝わったのかもしれないが、
現代においては「意識して伝えようとしなければ、
次世代には伝わらない時代である」というのが持論。
 そのための媒体となりそうなポテンシャルの高い青年を
見逃さないように常に心掛けている。

 そこで、せっかく知り合った彼らの力を活かせる「場」があれば、
繋げていくためのきっかけにならないかと考え始めた。
特に、お木曳きにおいて
世代交代の仕組みができていないところが多いこと、
若い人があまりにもなにも知らされていないことが
課題だと感じていたため、
この機会にそれらをドッキングさせた企画を思い立った。
その方が自分1人で仕事としてやるより、
より大きなミッションに向かっていける、
そのやりがいを優先させよう、と考えたのが
今回のプロジェクトへの私の思いである。

 私の「お木曳プロジェクト」への誘いに、
内容が全くわからない状況でも、
すぐ4、5人の青年が反応してくれた。
「お木曳」への興味と「なんか面白そう」という予感
…そこから始まる計画であり、
誰が面白いところへ連れて行ってくれるのでもない、
自分たちが企画してやれる、という面白さを提供したいと思う。
私の仕事は、それを形にまとめることであり、
そのためにいろいろなものを繋げていくことだと思っている。

 できあがったものがひとつの時代の記録となることはもちろん、
そのプロセスに置いて、学び、人脈ができ、お木曳きから遷宮へ、
しいては伊勢のまちづくりへつながっていけるものであればいいなぁ
という思い。
実際どのようなことになるのか、まだ輪郭も見えてこないが、
多くの人を巻き込んでいけるような取り組みにしたい。


2005/6/13
「女ばっかりでやるということ」

 伊勢神宮の遷宮にむけての伊勢での民俗行事、いわゆる「お木曳き」の最初の木(御樋代木、みひしろぎといって、神さまが遷る箱をつくるための木、だそうだ)の中にを奉曳する行事が開催され、祭り参加が市民活動の原点であるワタシとしては、当然頭をつっこんでいた。

 今回のウリ?のひとつは「をみな車」という女性だけで運行される奉曳車が出ること。お祭りは女性が参加できない、という場合が今でも結構ある。「お木曳き」も昔はそうだった…ていうか、でかくて重いものを車に乗せて人力で運ぶということだから、元来女性の仕事ではないわけなんだけど。それが、時代が変わって女性の参加が当たり前になり、女ばかりで、できる限りあれやこれやの役をこなしながらやりましょうということで、企画され、当日は300名近い女性が集合した。
 ワタシの本音としては、男女関係なく入り交じることが自然で、女ばっかり、という状況はどちらかというと嫌いだし、結局男性の世話にならなくてはやっていけないのだし、男女という分け方ではなく、人それぞれのパーソナルな役割分担がいいと思っている。だからこれまで、女性としてひとり男性の中にいても、男女関係なく自分の役割をそこに見つけることを常に考えてやっていた。そうしながら違和感なく接してもらえることが女性のワクを開いていくことだと思ってきたのである。

 なので「女ばっかり」には、最初あまり積極的ではなかったのだが、やってみて、これはこういう形でしかできない良さもあるなぁと感じた。
 ワタシは「梃子方」とよばれる車の後ろで車の舵を取るチームに配属されたんだけど、普段男性がやっている仕事の中でも、大きめの人や強そうな人などがチームに入る「力持ち」役という感じ。それも女性でやらなきゃいけないわけだ。そうして役をいただいた限りは責任を果たさなくてはいけないので、男性陣に教わりながらなんとかみんなでやってみて、いつになく緊張もしつつ、充実した奉曳をさせていただくことができた。
 馴染みの祭りの、これまで見てこなかった「別の一面」を知る、いいきっかけになったと思う。

 だからといって、これからはいつも女性だけで…なんていわれたら、絶対嫌だけどね。


2005/2/16
「宮川村へ木を植えに〜♪」

先日、宮川村に木を植えに行った。久々に環境系の活動である。
場所は、昨年の大雨の土砂崩れでおばあちゃんと家がなくなってしまったという、あの橋のたもと。まさにその場所に木を植えさせてもらうこととなった。ボランティアパックで行った小学校のある地区だ。

 その場所へ立つと、山の上から川まで、土砂が崩れたところは今も山肌あらわ、痛々しい姿のままである。家が建っていたところはただの土の斜面。そこの部分だけ道路から川まで木がなくなっているので、また大雨でもあったらさらに崩れるかも…。木を植えてそれを守ろう、というのは実に気の長〜い話である。が、山は少しずつ木を植えて、手を加えれば数年後には木が茂り、少しは元の姿に戻っていく。ほおって置いても草が生えて、木の実から芽が出て木が育つ部分もあるが、その自然の営みをちょこっと手伝わせてよ、私らにも、というのが植樹ってことなのよね。

 土砂崩れした山は、だいたいが杉・桧の植林だという。つまり、早く育ち、売れる木を育ててきた山。しかし、そういう木は根が張らないので、山の土をがっちりと押さえる力がない。雨水を染みこませて保つ力もないので、大雨に弱いそうだ。鉄砲水などの被害になる。強い山にするには、根がしっかり張る広葉樹を植えて育てることが大事です!
…というお話を「環境系」な私は10数年さんざんきいていたが、実際に植樹をする機会は1,2度しかなかった。今回は、昨年から縁のある場所だったので、寒いし(2月初め)体力にも自信がないけど、なんとか参加しようと思っていたのだ。

 そんなかんじで宮川村になにかしたい、という人も多いということもあって、今回三重スローライフ協会が木を植えるイベントを企画したのである(私は理事をしていますが、ほぼ一般参加組みたいなもの)。ボランティアというとしかられそうな、植樹イベントだけど、参加することで宮川村に少しいいことができたような気持ちがする、宮川村の人にも気持ちが伝わってみんな嬉しい…それは、それでいいんだと思う。実際、イベントの企画や準備で、宮川村の方にお世話をかけていて、その仕込みがあるからこそ、参加者は楽しくやらせていただけるのだ。まったくありがたいことです。

 一般公募も少しだけしたら、それなりに問い合わせがあったようだ。小さな子ども連れ一家から、中学生連れ親子、母子、夫婦、高齢の宮川村に縁のある方、中国から三重大に留学している若者もいたりして、かなりバラエティ豊かな40名ほどの集まりとなっておもしろかった。

 あらかじめ準備して頂いていた苗木は思っていたより大きく、2m近いモノで、重さは30kgくらい。男性でも一人で持つのは大変。土手の少し急な斜面を降りていって、深さ50cmくらいの穴を掘り、その苗木を植える。
下の方には流されないように、強いケヤキの木を植える。そして中腹はコナラの木。上の方にはツツジなど低木も植えられた。全部で25本の広葉樹が植えられ、その日の作業は無事終了。みんなほどよく疲れて、満足げに帰っていった。帰りにフォレストピアの温泉の入浴券が配られたから、汗を流して帰った人もいるだろうね。いいイベントでした。


2005/11/17
「NPOの収益…パルティ掲載原稿より」

以下、パルティの広報紙へ次号掲載する予定原稿を作ってみました。
よんでみて、これは??と思ったらスグご指摘を!
シーズのHPなどを参考にしました
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ボランティアというのは「無報酬性」が特徴といえますが、
NPOの場合は「非営利性」が特徴…
それが混同されがちで、
「NPOなのに参加費が高く、お金を稼いでいるのではないか」とか、
「NPOはボランティアだからタダで事業をしてくれる」
というようなことを思っている方がいるようですが、
みなさんのまわりではいかがですか?

団体運営としては活動経費や管理費、人件費などは当然必要なので、
なんらかの収入がないと困ります。
もし、そこで利益がでても構成員で分配しない(個人の利益にしない)で、
次の活動に使う…それが「非営利」ということです。
働いた分の対価のお金ももらわない「無報酬」では、
NPOの継続性のある活動は成り立ちません。
(お金持ちの道楽ならねぇ…)
スタッフを雇う場合の給料も、NPOにとっては経費。
仕事の対価を払っているのですから利益の分配には当たりません。
NPOとして収益を得て、その中には報酬をもらうスタッフと、
無報酬のボランティアがいるというのが「よくあるNPO法人のカタチ」です。

事業にかかる経費だけでなく、運営のための管理費、次の事業を始めるための元手
…活動するためにはさまざまな経費が必要です。

その資金源は現状、
@会費A寄附金B本来事業の収入C非本来事業の収入などがあります。
その他、助成金や補助金。必要ならば借入する場合もあるでしょう。
多くのNPO法人では複数の資金を組み合わせながら、
事業や運営を行っているのです。

まず、活動を理解してくれる会員からの会費は安定して、
また使い方も自由度が高い収入源ですが、なかなかそれだけで
経費がまかなえないのが実態です。
一方、事業収入というのは、物品を売ったり、サービスの提供で得た収益
…つまりイベントの開催をしたときに回収する参加費や、販売収益、
委託された仕事の対価としての収益などです。
収益が多くなれば、税金も払わなければいけません。

これまでは行政が、無料または安い値段で開催していた催し物などが
多くありましたが、それは税金を使っていたから、ということもありました。
決して行政だから安くできるわけではありません。

公共サービスのあり方が変わり、
行政ではやれない事業が増えてきました。
その新しい社会のしくみの中で、
ニーズのある公益的な事業に必要性を感じたNPOが、
催し物などを自主開催したとしましょう
…それには公的資金が出ていませんから、
必要な経費はサービスを受ける人が支払うことで賄うことになる場合も
多いでしょう。

そんな場合も、NPOの活動を理解して
「受益者負担」にご協力をおねがいしますね。


2005/10/26
「祭りの食糧事情」

 他県から、有名な祭りの伝統芸や踊りを披露しにたくさんの皆さんが伊勢の祭りにやってきてくれる。企画に参加しているわけでもないのだが、来てくれた方をもてなすのは地元民の使命であると思っているので、うちの祭りチームも裏方サポーターとしてちょこっとだけボランティアをする。

どうせなら得意分野をということで、飲食部門のサポートをすることにしている。

 食べ物の事というのは結構気配りのいる、もてなしの基本だからね。
内容は、皆さんに飲み食いしてもらう会場内の接待のお手伝いや、祭りの前にちょこっと食べといてもらうおにぎりを数えて渡したり、という簡単なシゴトだ。リーダーの指示を受けながら、みんなにゆきとどいているか、数は足りるか、余らせないようにどう調整する?なんていうことを考えながら…。

 目的は、遠方はるばる来ていただいた方は、地元の情報はなにもないのだから、お腹をすかせないように、楽しんで、良い印象を持って帰ってもらえるように、地元の人たちと仲良くなって交流が生まれるように、というところだろう。
ウチのチームは、10数年来の「自称・初穂曳コンパニオン」チームなので、そのへんはいわれなくてもわかっているのだが、敵?は「地元の、祭りに参加する人たち」である。

 遠来のお客さんが多く、予算もぎりぎりなので、飲食はお客様優先、祭りに出る地元の方は、そのへんを見計らって余分があれば食べられますが、できれば遠慮してね、というような自主規制的な話なので、なかなか統率が取れない。

とくにおばさんたちは、自分たちの感覚で見た「公平さ」にうるさく、他の人はもらっているのに足らないなんて事になったら、大騒ぎである。
ああしろこうしろ、と意見はするけど、自分では動かないし。
遠来の客には無関心で、自分たちこそがお客さんになっている大量の伊勢のおじさんたち。

…そんなこんなで、タダめし、ふるまいに慣れてしまっていて、あとで「食べ物が少なかった」「みんなに当たらなかった」とかいうような苦言をいわれたりするらしいが、それっておかしいよねぇ。
貧しいよねぇ。

これからの時代は、そのへんから変えていかないといけないんじゃないかな。
 食べることは大事だからこそ、豊かな気持ちで、楽しい場にしたいものだ。
みんなでもてなしして、作業もして。
ウチとしては、食べながら飲みながらデキル、ボランティアが希望です。


2005/9/8
「人のふり見て我がふり直す」

 数年前、PONPONの事務局ができて間もない頃、メールやネットや、パソコンのつなぎやら、使い始めでわからないことが多かった。そんなとき、PONPONの若手メンバーのみなさんにいろいろ教えてもらったり助けていただいたもんである。ありがたや、ありがたや。
 仕事でもつかうけど、それぞれが時間の制約を受けながらNPOなどをやっていると、パソコンがあるからなんとかできるんよね、ということは想像以上に多いと思う。コミュニケーションの道具、制作のための道具として、必須な時代なのはいうまでもない。

 何を今更、というはなしみたいだけど、ここ数ヶ月、パソコン初心者のおじさんふたりでやっているNPO事務局の基盤整備のサポートをしている。これまで仕事でせいぜいメールを送る、ワードで文書を書く、という程度しかしてなかった人たちに、ブログの書き込み方やメルマガとメーリングリストの違いを説明したり、BCCやらHTMLメールやらネチケットやらを、そこにぶつかるたびにひとつずつ説明したり。いわゆる「通ってきた道」を先輩として、指導する機会を与えられている。
 なんでわかんないのよ〜とイライラすることもあるが、我が身を振り返れば、ああ、そうだった、と思い出して納得。
逆に私もわからなくて一緒にあれこれ試行錯誤でやっていくことも多い。それで数時間すぎてしまうと、私だってトクイなわけじゃないんだから〜も〜!

…あ、これも私も人にやらせてたことだ…反省。

 でも、基本は「はなから難しいと思わずに、これは仕事なんだから必要なことだけ憶えればいい」これが私のスタンス。
私だって頼ってばかりじゃなくて、マニュアル見ながらひとりで攻略した設定(笑)もあった。そうやって乗り越えてきて、必要なことはできるようになってナントカここまでなんだから。

 なので、今回の指導も年上の(といっても4つ5つだけどね)おじさん相手にえらそうに、何も努力せず「難しいからやって」というのはダメ。やってみたけど、聞いてみたけど難しくてできなかったから助けて、というのは何とかできる方法を考えてみるけどさ〜という方針にしている。

 あ、私も安易に助けを求めず、自分でやらなきゃいけないことがありました…。またまた反省。


2005/7/22
「いいかどうかは自分で決める」

 まちづくりのNPOで事務局をしていた友人が倒れた。仕事とプライベートとボランティアと、どれも忙しかったのでがんばったんだろうと思う。幸い、順調に回復してはいるが、しばらくは療養が必要だし、無理もできないだろう。
 それはそれで一安心なのだが、そういう状況になってまず家族が「NPOはやめさせる」という。
 確かに、仕事と家庭と、そのほかのことで無理があるなら、それは順当だと私も思う。できることをする、無理しない、楽しみがある、それがボランティアの大事なところなのだ。できなくなるのは、仕方ないと思う。
 でも、私はその家族の「やめさせる」という言葉に、人ごとながら、ちょっと反発を感じた。

 家族に直接はいわないが、もうひとり、一緒に経過を看ている友達に「それなら仕事を辞めるという考え方もある。そんなん本人の意思次第や」とついムキになっていってしまった。
…そういいながら、普通「やめる」といえば仕事よりボランティアだろうなぁとわかっているんだけど。

「彼女自身が決めることであって、誰かにやめさせられるというものではない」
…ああ、私はもし自分がそうなったら…と置き換えをしていると自覚した。

 私は「自分で自主的に自分のやることを決めてきた」というのが自分の気持ちの寄りどころとなっているので、特別そういう気持ちが強いのかもしれないが、誰かに言われたから…という言い訳だけはしたくないと思っている。
でも、それもアリなのかなぁ…ボランティアは生活の余分なところにあるもの?どうよ?続けていくのはいろんな意味でたいへんだ。

 それで、当の本人である彼女の意思はどうなのか、というと、
これでやめられるのかなぁという気持ちと、
やっぱりやめちゃいかんかなぁという気持ちがおそらくせめぎ合っているんだと思う。それもわかる。

 私はそんな彼女にそっと「とにかく休めばいい。少し離れてみてそれでいなくなってしまう人もたくさんいるし、時間がたってみれば結局やるべきコトがある人は何かやってるから」といった。
 とにかく「自分で決めて」欲しい。そう思っている。