NPOのいきづくまちを目指して〜協働の現場から
NPO法人 伊勢志摩NPOネットワークの会 

事務局次長・協働コーディネート担当   川村 透
個人HP http://www.e-net.or.jp/user/sukeru/

1 現場からの発想/協働の二つの課題

 昨今、協働という言葉がやたらと、踊っているが、果たして実務家たるべき行政担当者は、どこまで肌で理解していただいているのだろうか?そして住民の側も、まちに対する責任を受け止めた上で、まちに参画するということの意味を、体で理解するところまでいっているのだろうか?どうも器をつくることばかりが先行し、魂が入っていない人形のような「協働」がゾンビめいた徘徊をつづけているような居心地の悪さを現場で感じてしまう。その、もやもやとしたものをほんの少しでも照らし出してみたい、そのために本文をしたためる次第だ。現場からの問題点としてその主たるものと考えるのは、一つは、協働事業を進めてゆくための行政も含めたまちの仕組みと器、加えて評価の視点の未成熟、二つめは、協働の技術的側面に対する理解不足、である。以下、活動を紹介しながら、その問題点と課題を、現場からの発想で認識してゆくこととする。


2 NPO法人伊勢志摩NPOネットワークの会とは

 NPO法人伊勢志摩NPOネットワークの会(Powerful=力強くて、Positive=積極的で、Possible=可能性を信じるNPOのNETWORK、これをPONPONと略称する)は、伊勢志摩をNPOのいきづく地域にするために既存の市民団体、市民がスクラムを組み、新たな市民団体や責任ある市民を増やしていき、行政や企業と協働し、自立して快適で活力ある地域を創出する推進力をみんなで創ろうというネットワ−クだ。

 その特色は、「伊勢志摩をNPOのいきづくまちにするには何が必要か?」という一連のワ−クショップ(以下、WSと記す)の結果、合意したミッション実現のため少しずつ力を出し合おうと決めた有志が「団体の代表としてではなく個人として」メンバ−となり、ゆるやかにつながり、各々のタレントを生かした活動の場になっているという事だ。メンバ−にはNPOの代表や理事もいればPONPONでの活動がメインという方もいて行政職員もいるという多様さだ。

 PONPON立ち上げの初速度は、県からの「NPOのニ−ズを知りたい」という投げかけに応えたコアメンバ−のWSをコ−ディネ−トする技術である。当初は単純なアンケ−トの予定であったが、NPOが自らの活動環境整備を目指し、行政と目的をすりあわせて共有するためのビジョン創りのWSの結果、地道な協働事業に発展し、法人化を経て今に至っている。WSによって1ステップずつ合意を積み重ねてゆくスタイルが、PONPONの考える「実務としてのNPOと行政の協働」の原点となった。以降、多様なNPO活動に従事する個性的なファシリテ−タ−たちは、県内の行政へのWS派遣事業や「NPOとボランティアのいきづくまちや協働を理解するための研修」など「中間支援的」な委託事業を受ける機会を増やしていった。

 PONPONの活動は、事務局運営、広報誌(伊勢志摩ぽんぽん通信)の発行、HPとMLの運営、主にメンバ−対象の支援、研修、定例会などを通じた交流、情報交換、そしてミッションに合う協働事業の受託などである。最近の活動としては「伊勢市市民活動センター(仮称)検討委員会」を通して提言をまとめ、センタ−運営のサポ−トが始まりつつある。「WS派遣事業」としては、行政職員のための「協働」講座など多数、鈴鹿市主催「みんなをつなぐワークショップ」「NPOが元気な鳥羽をつくるワークショップ」など。

3 PONPON流「NPOと行政との協働」の定義

 NPOと行政との協働とは何か、についてPONPONでは以下のように考えている。

 『目的を共有し、そのプロセスにおいてそれぞれの特性を生かして役割を分担し、出来ることをやりながら同じ方向に進んでいく。別々の立場でありながら一緒にゴールを目指せること』である。

 単に行政が助成を出すことや、単なるアウトソ−シングではない。市民にイベントへ来てもらうことは動員であり「協働」ではない。自分たちは汗もかかず手も汚さない行政への陳情や要望は協働ではない。協働になっているかどうかの区別は「目的が切実に共有されているかどうか」、「プロセスを共にしているかどうか」「責任を共に負っているかどうか」にかかっていると考える。

 NPOと行政とは、よりよい地域社会づくりという点で実は同じ目的を持っている。それは公共サ−ビスの質や量を豊かで効果的にする事だ。結果、長期的な観点から効率化がはかられ「コスト」の軽減につながる。このコストとは財政のことだけではない。「社会の負担」という意味であり、予算削減が第一の目的ではない事に留意してほしい。   

 行政は平等で公平であることを求められるため、品揃え豊富な百貨店のように網羅するサ−ビスに適している。NPOは得意なことしかできないが、その道の事なら誰にも負けない、時に偏屈な所もある専門店に似ている。そんな互いの長所を生かす信頼関係に裏付けられたパ−トナ−シップで進める協働のまちづくりは、言わば「漢方薬や健康法」に例える事ができる。協働のまちづくりとは、まちの健康のための良き習慣を創ることである。


4 協働の前に立ちふさがる様々な壁

 PONPONが委託されたわけではないが、WSチ−ムが個人としてサポ−トした事例にT小学校建設を協働のまちづくりで行なう試みがある。これはPTAに関わる市民がボランティアで創るT小学校建設を考える会を立ち上げ一連のWSを通して、まちに責任を持つことを学びつつ地域の風のいきかう学校つくりを目指したものである。

 T小学校での事例を「住民の発意から始まった社会資本整備」という先進事例として「社会資本整備を協働で行なおうとする時、壁になっているものは何か?」というテ−マでセッションを行なった際、重要だと感じたのは、行政にとって協働のパ−トナ−としての市民とはいったい誰なのかという問題である。NPO法人まちの縁側育み隊、延藤安弘氏の講演から引用したパ−トナ−像は以下の定義だ。

1.発意性2.代表性3.開放性4.次世代性5.(共に責任を負う)信頼性、がある市民。

(かっこは川村による補足)

 その中で重要なのは、発意性と代表性の問題だと考えた。本事例では、ボランティアで創るT小学校建設を考える会のコ−ディネ−トするWSの「発意性」を評価し「代表性」を担保していると見なすだけの器が、住民と行政を含めたまちの仕組みと意識の上で未成熟であったことにポイントがあった。それを象徴するように4年を費やして責任ある合意を作り上げ、建設の実現後も運営にまで関わる覚悟を練り上げつつあった市民の集まり、会議体に、行政手続としての正当性が与えられる機会が、あまりに遅かったのだ。責任に裏打ちされた声と、上記パ−トナ−像に照らすと必ずしもそうでないように思える異論に「平等に」耳を傾けるという事が生じてしまったと私は考えた。ただしWS運営側にも、未成熟ゆえの信頼性の問題、サイレントマジョリティの声をどう生かすのかという課題等、問題がなかったわけではない。これは、私たちも含めた、「まちの器の問題」である。


5 第一の課題/まちの仕組みと器の未成熟 

 (1)住民発意を受け止める

 協働で公園や建物や道路の整備をするという事例は多々あるが、多くは行政において「協働の成果づくり」が大きな目的となっているモデル事業である事に気づく。それはあらかじめ許された「協働」である。実は純粋に住民から立ち上がってきた事業を協働事業として受け入れるシステムが未整備なのである。協働のまちづくりという「実務」が各々の現場において確立されていないからこそ、三重県は全国に先駆け、新しい公を担う市民社会の到来を目指して協働で社会資本整備を行なうための条例づくり[注1]に着手しているのである。

さらに「協働の壁さがし」セッションを俯瞰すると、社会資本整備の実施段階や完成後に生じる不協和音のほとんどが、計画段階、白紙段階からの協働の不足によるものであると判った。協働のまちづくりにおいては、計画段階から、予防的に、一貫して、協働のシステムとしてこれを行なうことが重要なのだ。部分的、限定的な参画では、「協働」による真の成果は得られない。手間暇のかかることであるが「漢方薬や健康法」に抗生物質のような即効性や局所的な効能を求めることは、基本的に間違いである。完成後も次世代にわたって関わる責任ある市民意識を共に創ることが肝要であるからだ。

 協働のまちづくりにおいて一番大切なのは、住民、NPOと行政とが「まちで暮らす人の目線」から、立場は違えど同じ「公」を担っているという信頼感を基礎として、事業の「目的」を切実に共有するセッションを徹底的に行なうことである。経験上この段階をしっかりやっていない「協働」は、ゆるやかな失敗を遂げる。  

 また、「協働する」事自体が自己目的化することもありがちだ。事業には社会サ−ビスとしての「目的」があり「協働」はそのための手段、姿勢であり成熟した市民社会という理念に基づいたありかた、のはずだ。これをクリアするためには、事業の初動段階から目的のすり合わせと同時に「評価」の基準づくりをしておくことが有効だ。協働のパ−トナ−同士が「協働事業の協定書」を交わすところまで明確化できるのが望ましい。

 

 (2)協働型意思決定に合致した行財政改革

 平成の大合併をかけ声に地方分権が推進されると共に権限より先に地域のことは地域で担う、自己責任の原則が小さなまちに重くのしかかってきた。住民の価値観は多様化し高齢化社会への変化や環境問題の深刻化など問題が山積みの中、成熟した持続可能な社会を営むためには、高コストの「あれもこれも」の公共サービスは見直されなければならなくなった。NPOとの「協働のまちづくり」は、そんな待ったなしの「公共サ−ビスの最適化」の問題なのだ。

 NPOと行政の協働の現場においても市町村の行政マン個々への分権が必要だと感じる。細切れにされた「権限の檻」の中で本来の目的を見失い近視眼的な「業務」に終始せざるを得ず、意思決定は常に上司へゆだねられ、代わりに業務命令が降りてくるTOP DOWNのままでは「協働のまちづくり」に対応ができない。

 今の行政マンの責任は、まるでインドのカ−ストのようだ。書類をつくる職務のカ−ストは、鉛筆が落ちても拾わず、床に落ちたモノを拾うカ−ストの人がこれを拾うのが常識である、極端な例えを用いれば、そんな風にさえ見える。個々の職員の現場レベルにまで分権を進めるボトムアップ型への機構改革が必要だ。ただの事務屋、手続屋さんでは困るのである。「協働」とは広義の「参加のデザイン」を整えることから始まる。それは、協働型意思決定に合致した行財政改革に他ならないのである。


6 第二の課題/協働の技術的側面

 協働には技術が必要だ。その基礎となるのは「会議の技術」だ。具体的には、まちづくりワ−クショップを運営するファシリテ−タ−としての技量であり、その延長線上にある「会議を組み立てる参加のデザイン力」だ。

 WSは多様な価値観を抱いたひとの中から粘り強い合意形成を計るシステムである。気づきと学びの場であり、心と体ごと楽しく参加できるように工夫されているが、何よりもWSは会議であることを忘れてはならない。一連のWSの目的、成果のイメ−ジを鮮明にした上で工程をたて、ひとつひとつのセッションのテ−マを明確にして、適切な手法を選びあるいは創造し、合意の上に1ステップずつ合意を重ねて決して後戻りはしないと決める。KJ法、ノミナルプロセス、ファシリテ−ショングラフィック、個々の手法は実践の中からしか体得が不可能であり、緊張感を伴う協働のパ−トナ−と事業を進めるために用いてこそ「技術と経験」に昇華される。「楽しく話しができました」という成果しか得られないWSもどきは、ただのイベントに過ぎない。

 私たちの身の回りを見渡せばデザインされていない会議がなんと多いことか。そんな会議の事項書には特徴がある。「××について」という抽象的な文言が並んでいることだ。××についてアイディア出しをするのか、現状認識をするのか良い点悪い点を抽出するのか、優先順位をつけるのか、不明確であり、参加者から何のためにこの場に集まっているのかと確認する声から会議が始まってしまうのだ。

 創造的な議論には議論の水先案内人であるファシリテ−タ−の存在が不可欠だ。ファシリテ−タ−としての訓練が「協働型行政マン」育成につながる。小さなテ−ブルの議論を活性化させながらもル−ルとテ−マからはずれそうになればやんわり軌道修正し、中立的な立場と「個性」を両立させつつ果実のような成果=「合意」を実らせる。これは「協働事業」の小さなモデルである。小さな協働を成功に導くという成功体験は行政マンの意識を協働型へと導く。

「参加のデザイン」のない「自由な話し合い」は「多様な思い入れ」を持って、あるテ−マ性に基づいて活動しているNPO型市民にとっては各々の強い意志がかえって無秩序をもたらす結果となる。ファシリテ−ションという「明確なガイド」がない会議もどきでは、個性と個性、主張と主張の覇権争いや「遠慮合戦」という様を呈する。「会議」こそは「協働を映す鏡」なのだ。

 「協働事業」には技術者が必要だ。行政は住民、NPOと同じく協働事業においては、プレ−ヤ−でもある。ゆえに事業者としてのNPOとは別に「協働コーディネ−ト」を行なう中立的なセクタ−が会議デザインからサポ−トするという形が有効な「協働のモデル」のひとつである。協働には技術が必要であるという認識が欠けていることがひとつの課題であるが、それは経験と実践によって克服できるのだ。

 PONPONのスタッフとして私は、言わば「まちの協働コ−ディネ−タ−」として活動しているのである。


7 まとめ/小さなまちの協働コ−ディネ−トという仕組み

  協働のまちづくりはまだ始まったばかりだ。その総論としての有効性は自明の理とされながら、実際に行うには困難が伴う。ならばどうすればよいか、現場からの発想で、協働のまちづくりを進めていくにあたって、主に行政にとって必要な機能を、概念的に取りまとめて見よう。求められる協働コ−ディネ−ト機能とは、以下の通りと考える。想定しているのは例えば鳥羽市のように小さく小回りが効き、行政マンと住民の距離が近いまちである。ちいさなまちであればこそ、協働のための触媒役がたったひとりでも公の立場から責任と権限を持ち、関わるだけで、大きな違いを生むと考えられる。

1. 独立した権限を持ち、各課の政策決定プロセスに「協働の実現」の立場からアドバイスし、必要があれば指導する、Check機能。

2. 各会議の生産性を上げ、住民参加の機会を確保し、地域のしあわせづくりにコミットした参加のデザインを創造する機能

3. 各事業を「協働」という観点から、その透明性、住民参加度などにおいてCheckし、次につなげる評価機能

4. 上記を、行政の機能として確立、定着させるための「協働のまちづくり」と「まちのファシリテ−タ−養成」のための研修機能


8 おわりに

 私ほど恵まれない条件の中で日々各種会議、WSをコ−ディネ−トしているNPOスタッフはあるまいと自負している。ゆえに誰よりも豊富な失敗の経験と創造の機会があるのだ。是非とも現場からの声に耳を傾けてほしい。

 ファシリテ−タ−は、協働の技術者である。参加のデザイン力を駆使して「協働コ−ディネ−ト」をする技能が今まさに求められていると痛感する。私たちの活動がきちんと理解され職能として評価されることを、NPO法人のスタッフとして願うものである。

 

 [注1]三重県まちづくり基本条例「仮称」制定研究会
http://www.pref.mie.jp/JUMINS/HP/jyou/jyourei.htm

寄稿 2004 夏季「地域政策・あすの三重」(企画編集 三重県 政策開発研修センタ−)

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