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●“心のスイッチ”を切り替えて
2004年9月28日から30日にかけて、台風21号に刺激された秋雨前線の影響により三重県内各所で河川の氾濫等により大きな災害が発生しました。県内で9名の方が亡くなりいまだ1名の方が行方不明のまま、21市町村で2600棟以上の家屋が床上浸水になるなど、その被害総額は約690億円にも達しました。(2004年11月時点での暫定値)
災害発生直後はその規模や被害の状況もはっきりしません。油断して平常時と同様の考え方、感じ方で過ごしていると自身が災害に巻き込まれたり大切な初動支援に遅れをとってしまいます。災害対応の初動、そして復旧・復興のプロセスは非常時です。いち早くその現実を受入れ、日常とは異なる行動をとる。そのためにまず必要なのは「心のスイッチ」を切替え、何が今必要なのか、何を後回しにしても良いのか、何が大切とされているのかをしっかりと見極めることです。
●「いざ」というときに立ち上げる三重県ボランティア情報センター
三重県では1995年の阪神・淡路大震災を契機に県内各地に防災啓発・災害救援活動を行うボランティア団体が誕生し、1997年の日本海重油流出事故への支援や数回の円卓会議を経て1998年に災害救援ネットワークみえ(以下、NADみえ)を結成。県内のボランティア団体が広域で連携・情報交換をしながら活動していくようになっていました。
一方、三重県(以下、県)も阪神・淡路大震災以降、災害発生時の復旧・復興活動におけるボランティア活動の重要性を評価し、NADみえの会合に職員が参加したり、ボランティアを受け入れる人材を養成する三重県防災ボランティアコーディネーター養成協議会(以下、養成協議会)事業を立ち上げるなど、平常時からボランティアとのネットワーク作りに取り組んできました。
しかし、実際に災害が発生した場合どの様に連携・協働して取り組むのかは決まっていなかったため、平成9年に県の地域防災計画が改訂される際、ボランティア活動の関係団体で連携して三重県ボランティア情報センター(以下、情報センター)を立ち上げると記載されました。
地域ボランティア情報センターの概念図(三重県地域防災計画より)※未掲載
また、この概念を実際に運用できるように、2002年8月より、県防災対策室の呼びかけで、まず県域ベースで県内での災害発生に備えた情報センターの検討を開始しました。県(防災対策室、NPO室、地域福祉室)、三重県社会福祉協議会(以下、県社協)、日本赤十字三重県支部(以下、日赤)、NADみえ、養成協議会、三重県ボランティア連絡協議会防災部会、日赤奉仕団の各代表で成り立ち、災害時の各組織の活動内容の共有から始め、情報センター立ち上げの基準や活動内容の検討、必要な資機材のリストアップと収集、県内防災ボランティア団体メンバーに呼びかけて合同の図上訓練を実施するなど、災害発生時のボランティア受入対応について検討や訓練を重ねると共に、メーリングリストを開設し、eメールを用いた情報交換を行うようになりました。
●情報センターのネットワークで県外支援を
情報センターの検討会を始めて2年間、ほぼ月1回のペースで検討を繰り返していました。そんな中、2004年7月に福島県・新潟県、そして福井県で立て続けに水害が発生しました。養成協議会のメンバーから「三重県として統一した支援体制を作ろう」という声があり、福井豪雨発生より3日後の7月21日に会合を持って各団体の持っている情報を交換した後、【新潟・福井水害支援】三重県ボランティア情報センターを開設して、(1)県内への災害支援情報窓口 (2)ボランティアパックの運行 という2つの活動をおこなっていくこととなりました。
(1) 県内への災害支援情報窓口
災害発生時、被災地から必要な情報を得るのは大変困難になり、三重県から支援に行くために必要な情報を得るのが難しいことは容易に予想できます。そこで情報センターでは
・ 三重県に住み
・ 福井県の被災地に自ら赴いて
・ 日帰りボランティア活動をしたい
・ 水害現場での活動経験はない
このような人をターゲットに絞って情報発信することを心がけました。
http://www.v-bosaimie.jp/mvic/04niigatafukui/04niigatafukui-index.html
(2)ボランティアパックの運行
三重県から現地を直接支援したいと考えている人たちを支援するため、ボランティアバスを企画したところ、短期間の募集期間かつ平日の運行であったにもかかわらず、7/27(火)は21名、7/29(木)は46名の方の参加を得ることができました。
●ついに起こってしまった県内での災害
福井の支援を終えて一息ついていた9月29日、今度は三重県内で大きな水害が発生しました。津市内でも一時道路が腰上以上に冠水し、近鉄・JR共にストップ、自宅に帰れない帰宅困難者で津駅があふれかえるなど交通網にも大きな影響がでました。
この際NPO室は市民活動ボランティアセンターに臨時避難所を開設し、日赤より毛布を借りて30名の帰宅困難者を受け入れました。職員が素早く心のスイッチを切り替え、日赤とのネットワークを活かすことで、平常時の業務の枠を超え、被災者にとって本当に必要な支援を素早く立ち上げる事ができたことは大変評価できることだと思います。
その頃、海山町では町の中心部が冠水してしまい、宮川村では各地で土砂崩れが起こるなど、大変な混乱状態になっていました。
ボランティア活動の必要性があるかもしれないと考えられたため、翌30日夜に会合を開催することが決定し、県社協の職員が先遣隊として海山町の状況を把握に出発しました。
夜の会合で先遣隊から海山町でボランティアセンターを設置することが報告され、また伊勢市でもセンターが立ち上がったという情報を入手したため、【台風21号みえ災害救援】三重県ボランティア情報センターを設置することになりました。
<人の支援>
養成協議会やNADみえからコーディネータースタッフを、県や県社協も事務用品を持った職員を派遣して海山センターの立ち上げを支援しました。さらに近隣地域の若者によるまちづくりNPOなど既に交流があったメンバーに声をかけて海山センターのスタッフになってもらえるよう呼びかけを行い、彼らが最初から最後まで一貫して海山センターを支えるメンバーになってくれました。
県社協は自身の職員を継続的に派遣して現地の支援と情報センターの連携を保つと共に、県内市町村社協にも呼びかけを行って現地センターの裏方スタッフ確保に大きな力を発揮しました。
また、SeRV中京や県内JCは組織力を活かして組織内でローテーションを組んで現地にスタッフを派遣してくれたことが現地センターの大きな支えになりました。
日赤は情報センターとは別に本来業務である医療班の派遣や現地での炊き出しなどを行いながら情報の共有を行いました。
<金の支援>
災害ボランティアセンターの活動資金を得るため、ボランティア活動支援金の募集をすると共に、養成協議会が積み立てていた活動費を情報センターを経由して海山センターに送り、立ち上げ期の元手にしてもらいました。
また、県社協は共同募金の基金を活かして災害ボランティア活動の活動費支援やボランティア保険の全額支援などを行いました。
<ものの支援>
水害でのボランティア活動に必要な資機材の大部分は、NADみえや養成協議会メンバーが日頃から交流を持っていた愛知県のレスキューストックヤード及び福井県の福井災害支援ネットからの貸し出しでまかなうことができました。
その他センター運営に必要なコピー機やパソコンなどの事務用品、照明器具、携帯電話など、現地で入手が困難なものの確保を情報センターで行いました。
また、現地への支援のほか、情報センターそのもののハードをそろえる必要もありました。問い合わせを受ける電話やインターネット回線、パソコン等ですが、ほとんどの資機材はNPO室がもっているものを提供してくれた事により大変すばやい設置が可能でした。
<情報の支援>
海山町センターは立ち上げ当初電話が1本しかなくインターネットへの接続もできない状態だったため、HPによるボランティア募集情報の発信を情報センターで行い、問い合わせ電話番号などは情報センターの番号を案内することで立ち上げで混乱している海山センターに電話が集中しないようにしました。
http://www.v-bosaimie.jp/mvic/taifu21_23_niigata/index.html
また、防災対策室が気象台から得た天候情報や被災市町村から得た復旧情報を逐一情報センターや現地センターに転送してくれたため、ボランティア活動の安全性を確保するために必要な正確な判断が行えるようになりました。
一方、宮川村も大きな被害が発生しましたが、被災地域の大部分で避難勧告・指示が解除されず活動に危険が伴うこともあり、被災地外からの支援は最小限に地元と近隣地域でのたすけあい活動が促進されるような形の支援を中心に行いました。
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三重県ボランティア情報センターの構成団体の主な活動
◆養成協議会
スタッフ派遣 ホームページ作成 立ち上げ資金の提供
県外NPOとの連携
◆三重県 防災対策室
被災情報提供 気象情報提供 情報発信
◆三重県NPO室
事務局スペース提供 資機材提供 スタッフ派遣
ホームページ作成 情報発信
◆三重県地域福祉室
スタッフ派遣
◆県社協(県内市町村社協)
スタッフ派遣 共同募金基金より支援金提供
◆日赤三重県支部
医療班の派遣
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●進化するボランティアパック
わたし達がボランティアを派遣するバスに「ボランティアパック」と名付けたことには理由があります。単に交通手段を提供するだけではなく、バスの中でオリエンテーションや班分けを、現地では活動の案内や健康管理をおこなう等、被災地のボランティアセンターへの負担を最小限にとどめ、参加ボランティアが安心して作業できるようなパッケージを提供したい、という考えからです。
このボランティアパックのコーディネーターは養成協議会のメンバーや県職員、市町村社協の職員など、事前にレクチャーが可能な人を手配し、パックの前日夜に打ち合わせを行って被災地の状況やパックの活動の流れなどノウハウを毎日引き継ぎながら活動してもらいました。
このパックによるボランティアの派遣は過疎地域における復旧活動に大きな力を発揮しますが、被災地ではそこまで手が回らないことが確実な取り組みであり、広域センターを設置することの有用性を大いに高める効果が期待できます。事実今回の水害では情報センターで企画したパックだけでも500人近くのボランティアを海山センターに派遣することができました。
私たちはこの手法の完成度をより高め広く知って頂くために、ここで培ったノウハウを「三重発 災害ボラパック」という冊子をまとめています。
●情報支援の工夫とホームページ
現在、インターネットの情報発信抜きに災害時のボランティア活動は語れない程その重要性は増しています。海山町支援のボランティアパックの参加者の1/3ほどがHPから情報を得ており、他の1/3がマスコミからの情報、残りがメールや口コミなどのつながりだと答えています。
マスコミもHPから情報を得ていることが多く、間接的には半分以上の方がHPの情報を元に活動に参加していたのではないかと思われます。
それだけに掲載する情報は現地の状況や雰囲気を正確に素早く伝え、かつ古くなった情報については早急に更新・削除する必要があります。今回情報センターのHPは最低1日1回、全ページの情報をチェックし必要なところを更新するという形で行いました。特に災害時のボランティア情報の発信は過去の情報を残したまま新しい情報が書き足されていく、というサイト運用方法が多いのですが、それでは閲覧者にとって見やすいレイアウトを取りにくいことから今回は古い情報をどんどん消していき、なるべく整理された情報発信に努める運用を心がけました。
このような対応を災害現地のボランティアセンターで行うにはかなりの負担が伴うため、現地の活動情報は、情報センターから派遣されたスタッフが収集して津の情報センターに報告し、情報センターHPを使って発信されました。また、整理してしまうと伝わりにくい現地の生の雰囲気を発信してもらえるよう、情報センターでblogというシステムを使ったHPを立ち上げ、現地からの発信を支援しました。
今回情報センターのHPを閲覧する人と想定したのは
(1)被災家屋の掃除をする被災者
(2)ボランティアに参加したい人
(3)現地には行けないけど支援したい人
(4)現地を訪れたことがある人(釣り客等)
という人たちです。
特に(4)については、現地の旅館や飲食店の再開情報を掲載することで地域の経済復興への支援に繋がれば、という想いも込めたものです。災害時の復旧・復興にはいくつかの段階があります。
・ ライフラインが復旧する
・ 生活が復旧する
・ 仕事や学校が再開する
・ 地域のコミュニティが再構築される など
災害救援ボランティアは通常生活復旧までを活動範囲としていますが、次のステップである産業の再生にも支援できることがあるのではないか、これは今後の課題でもあると思います。
●見えてきた課題
今回実際に情報センターを開設し、県内の被災地を支援する活動をする事で、机上では見えてこなかったいくつかの課題が浮き彫りになってきました。
・地元ボランティアセンター支援の原則
今回情報センターは後方支援という活動を行いましたが、現地のセンターとどのような関係を持つか、という点は大変重要です。誤解を恐れず表現するなら、上位組織であるのか否か?ということです。
私は現地のセンターと後方支援センターは役割が異なるだけで対等な関係であるべきだと思います。そして後方支援センターの役割とは黒子であり、黒子に徹して現地センターの方針を尊重し、必要な支援をするべきです。しかし、被災地外から見えること、気づくことも当然ありますから、それらの考えを互いに伝えあえる関係を作っておくことが大切になります。特に互いのキーマン同士の連携・意思疎通が大切となります。私はできる限り現地に行き、行けない日も毎日1回は必ず現地のキーマンとなるひとと電話で直接話をするように心がけました。そうすることで現地の空気を理解し、次に何が求められるのか、こちらが気づいたことを伝えられる雰囲気作りに一役買えたのではないかと思います。
・意志決定プロセスのあり方
災害現場では様々な判断を迫られます。例えば最も難しいのが、「ボランティアセンターを開設するか」また、「いつ閉鎖するか」という判断です。
これには明確な判断基準は無く、その場で臨機応変に対応するしかありませんが、だれと相談しながら判断するか? という点ではいくつかポイントがあると思います。
重要なのは、
・ 被災地で地域の事情に通じた人
・ 災害時のボランティア活動についてある程度の経験を持った人
・ 前記の二者から信頼を得ている人
(仲介者・紹介者)
の三者が立ちあうことです。今回三重県内で設置された現地ボランティアセンターでは、設置判断をする時点でこの三者がそろった所がなかったため、立ち上げ時に多少の混乱を招いてしまいました。このことは十分反省して次回に活かしていく必要があります。
次に、決定事項の柔軟性を保っておくことが必要です。日々刻々と状況が変化していく被災地において「昨日の会議で決めたから」という理由だけで変更を否定するのは現地の被災者にとってマイナスにしかなりません。
判断する役割を担う者は、その内容が「被災者にとって必要か」という基本に常に立ち返って判断することを心に刻んでおかなければならないと思います。
また、災害現場では意志決定について決済の必要な人数を最低限にとどめる工夫も必要です。決済必要者が多いということは即対応の遅れに繋がります。
たくさんの組織が協働しながら活動する災害時のセンターのような組織は日常の上意下達のピラミッド型組織とは異なる意志決定プロセスが必要になります。
どの様な形がふさわしいのか? そのためには事前に何を取り決めしておくべきなのか? 今後十分に議論を深めていく必要があります。ただ、その際注意すべきことは、事前に決めておく、という手法は既存の組織やネットワークにとっては有効ですが、災害時にわかに生じる活動や人たちに強制してはいけない、ということです。
行政などの既存の組織(縦組織)の長所は災害を想定し、事前に準備しておくことです。一方災害時に立ち上がるボランティアセンターのようなネットワーク型の組織の長所は、起こってしまった災害にどう対応するか? 現有能力で発揮できる力を100%以上に引き上げる力です。事前に備えている人たちにって、いわば「非常識の力」を発揮するのがネットワーク型の組織の長所なのです。事前協議で決まっていることしか履行しないということはボランティアの長所を削ぐことになります。一方見方を変えると、事前協議で決まっていることを正しく伝えることができれば、その意義や効果を理解し、その状況をさらに良くしていくための力を発揮してくれる、ということです。
その為には、既存組織や決定事項について十分に理解があり何らかの変更が加わる場合にも決定権を持った人間と、ネットワーク化したボランティア団体の各代表が一堂に会する場を設定し、互いに情報共有しながら(2,3日?1週間程度の)近い将来の目標を共有する。その上でそれぞれに目指す活動を行っていくことで相乗効果を生み出すようになるのではないかと思います。
●被災地における受援体制つくり
阪神・淡路大震災以降の10年で、災害救援においてもっとも大切なことは被災地の住民自身による復興であって、外部からの支援はその手助けに徹していかなければ被災者に依存心というマイナスの心を残してしまうなど、被災地を支援するボランティアやそのボランティアたちをコーディネートするノウハウは全国で磨かれてきました。しかし、支援する側の支援ではなく、受ける側の視点からより積極的に、支援の手をいかに自分たちの被災地に受け入れるか、いわば「受援(支援を受ける)」のノウハウについてはほとんど考えられてきませんでした。
地域のことは地域で解決する、もちろんこの考え方が原則です。しかしながら大規模な災害が発生し地元だけでは早期に解決できない場合に、効果的に最小限の支援を受け入れることは、地元にとっても大きな効果を生み出します。
その為にも、地域の自治会や自主防で活動しているような地域のキーマンの方々と、広域で活動しているボランティアのキーマンとの顔つなぎや相互の活動交流などで理解を深めておくことができれば大きな力になります。
また、支援を受け入れるもうひとつの担い手である市町村職員も同様のことがいえますが、担い手が定期的に入れ替わってしまうという行政職員の特徴に配慮しておく必要があります。引き継ぎが可能な形すなわちマニュアル化しておくことが有効に働く、ということです。
●長期スタッフの活動保証の必要性
今回情報センターでは長期スタッフをNPO室職員や県社協職員らが本業の一部として情報センターの業務に取り組んでもらえたため、NPO側で貼り付けのスタッフをほとんど必要とせず現地との調整や県外との連携などの実務に専念することができましたが、現地のセンターでは地元のまちづくりNPOの方々など、仕事に戻るまもなく対応に追われていたひとも多い。彼らのようなボランティアスタッフがいてこそ初めてボランティアセンターは「ボランティア自身によるボランティア活動コーディネート組織」として機能し、被災地の復旧・復興の一助になれる。しかし、彼らのような長期スタッフは活動従事中収入もなくなり、また携帯電話など活動に必要な経費を本人の個人資金で負担しているスタッフが大半であるのが実情です。このような環境では安定したスタッフの確保は見込めなくなります。
災害時のボランティア活動が復旧・復興に力を発揮することが社会的に認知され、不可欠な要素となりつつある現状を考えれば、災害ボランティアセンターを支える長期スタッフの活動を保証する体制が必要になってくるのではないでしょうか。
●今後に向けたとりくみ
今回の情報センターの活動は関係各団体がそれぞれ今持っている力を十分に発揮できたのではないかと思います。しかし、それではまだ不足で、それぞれの組織が互いにどの様な協働関係を築くことで出せる力を100%以上引き上げていくか? という点に課題が見つかりました。
三重県をおそうであろう東海・東南海地震。このスーパー広域災害を乗り越える為に最も必要なのはひとの力です。9.29豪雨でのボランティア対応により、わたし達は自分たちが抱える課題を見いだすことができました。これを教訓に産官学民がそれぞれ最善を尽くす。互いを同格のパートナーとして認め合い、よりよい被災者支援を目指してこれからも協働し合う。その理想に向けたとりくみはまだまだ始まったばかりです。
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